映画『コマンドー』 を視聴しながら、生ぬるいエスプレッソコーヒーとバームクーヘンに噛み付いた状態で失礼します。
(日本公開:1986年2月8日|主演:アーノルド・シュワルツェネッガー)
今月、ついに博士(医学)を授与されやした!!!
コロナやら不可抗力とかで3年ほど延びましたが、漸くこの時を迎えることが出来ました!!
28歳で看護師になり、40歳でゲットという超長期戦でした。
※看護師12年目/修士課程から数えて10年。
ちなみに、40歳で博士号は、ノーベル賞の中村修二先生と同じです。
看護師になった当初、「こんな奴にだけはなりたくない!!」という、危機感と衝動から大学院に進んだのが、全ての始まりでした。
本当に何も知らない状態で、本屋で大学院関係のチラシを集めるところから始めました。
それから、大学の解剖学教室を見学させてもらい、大学院へ進学。
その後は、血を吐きながら実験したり、論文を読みあさりの日々です。
この間、同業の看護師には、何度もバカ馬鹿にされまくってました。
行く先々でも、公開処刑の如く、嘲笑のネタにされたことも数知れずです。
「看護師がそんな事して何になる。」
「もっと、患者に寄り添う内容にしないと。」
「まったく理解できない。キャリア積んで稼がないと。」
そんな雑音を無視し、本当に血を吐きながら実験しました。
失神から目覚めても細胞培養を強行し、日付が変わっても、リアルタイムPCRを捌き倒しました。
職務でも、左遷、給与体系の改悪、閉鎖などの地獄絵図続き。
ついでに、5回ほど命を落としかけました。
そこに、親父に博士号取得を先に越されてしまうという、最大の屈辱にも見舞われました。
挙句の果てには、公認心理師、精神保健福祉士、社会福祉士試験も同時進行。
第3回公認心理師国家試験は、当時のコロナで受験日が延期になった時でした。
大幅な予定変更を余儀なくされ、実験のスケジュールも狂いそうでしたが、その中で取得しました。
精神保健福祉士、社会福祉士は、それぞれ大学院在学中に通信課程に進み、論文作成と治療を同時進行させました。
レポート提出の嵐と、社会福祉士の実習も、実験と論文を併行させました。
ダチからも、「自滅の世界記録に挑むつもりか!!」と、突っ込まれました。
それでも、最後まで戦い続け、生きてこの日を迎えることができました。
職務としての臨床・研究においては、これで一段落つきました。
しかし、これこそが本当の意味でのスタートです。
この次は、「最後の戦い第5戦」。
来年の2月下旬ごろに待ち受ける、第29回言語聴覚士国家試験です。
これは、先代教授も推して下さったこともあるため、正真正銘、命を賭した真剣勝負でもあります。
今年は、この戦いに全てをブチ込み、特攻をかけます。
同時に、次の領域の開拓、そして覇権獲得を目指します。
2026/03/25
雑音のジョーことNoise-joe (40)
(RN-CPP-MHSW-CSW-Ph.D.Tracker)
